令和6年2月15日『草木染』山崎斌著[概要と感想]

今回は、古い本の読書記録です。
去年の秋に『草木染』(山崎斌著)を、秋田の温泉宿に宿泊しながら読み進め、最近やっと1冊最後まで読み終わりました。ちょっと長いのですが一回で載せますね。

どんな本か、著者はどんな人か

1957年、文藝春秋社刊。表紙カバーは、和紙に茜の根の染料で染めた茜色。茜の植物をモチーフにした、型染めによる模様がつけられています。
藍、蘇枋(すおう)、紫草、紅花と、色の名前で章分けされています。
それぞれの章の最初に、当時実際に染められた絹の小裂が貼ってあります(地味にすごい)。

山崎斌(やまざきあきら・1892〜1972)は、ざっくり言うと、今日の草木染めの価値を創り出したうちの一人です。
もともと小説家として活動していましたが、故郷の特産品を作ろうと、昔ながらの天然染料の染色を蘇らせました。「草木染め」という名称の考案者でもあり、一度は商標登録をしましたが、後に商標を解除して誰でも使える名称になっています。
2代目の山崎青樹は、染めものの指南書や染料に関する著作を多数のこしています。その後も山崎家は多くの染色家を生んでいます。

もう誰もやらない草木染め、誰もやらない手織り

この本には、染色業界でも「もう誰もやらない」とまで言われた、天然染料の染色を蘇らせようとした流れが書かれています。いわゆる奮闘記のような物語です。

失われつつある草木染めの再興のため、著者の母が遺した縞帳を開くシーンがあります。縞帳とは、着物の模様として数多くデザインされた縞模様の、着物をつくるときの布地サンプルのようなものです。
それまでの穏やかな色調から突然、はっきりして軽みのある色に変わったページがあった…という印象的なエピソードがあります。
昔は化学染料はありませんでしたから、それまで見慣れていなかった、ある意味で新鮮な、化学染料の新しい色合いを大多数の人間が「良い」と判断したということのようです。
縞帳の先のページには、やがて再び落ち着いた色調の布が貼られていったことが書いてあります。
しかし、世の中はすでに、着る側も作る側も化学染料一辺倒に変化していました。

染料(色)のことだけではありません。
家に織機を所持し、内職的に手織りすることが恥ずかしいことだという感覚が普通になりました。
人間の手によって作られる織物を欲しがる人はいなくなり、機械で織った布が良いとされ、手織りの習慣まで失われていきました。

昭和初〜中期の、現在との感覚の違いに驚く

この本で取り上げられている時代は、主に昭和の中期で、一部著者の幼い頃の思い出話として大正時代のことも触れられています。
現在なら、機械織りの布がほとんどであっても、手織りの布も価値の高いものとして評価されます。
同じ日本でも、現代とはかなり違う感覚なので、入っていくのが少し難しいのですが、
一度入ってしまうと昔の世界をのぞかせてもらっているような気になりました。

感想・「流行と美しさ」

以下、読書を終えて私の考えたことを書きます。
「化学染料は手間がかからず便利だから天然染料はやめてしまおう」という風潮は、もう過去のことなので仕方のないことです。
しかし「物事を比較して、片一方に劣っている側面があるからという理由で、それを作る人が全く(ほとんど)いなくなる」というのは極端だし、あまり良くないのではないかと思っています。物事の価値観は変わっていく可能性が常にあるからです。
再び価値観が変わっても、そのプロダクトが完全に失われてしまうと復活させることはかなり難しくなります※。
(※→だから全ての技術は残すべき、というわけでもない)

山崎斌は、草木染めを蘇らせたことで有名なために、天然染料の人だというイメージがありました。
それは本を読んでもその通りでしたが、手漉き和紙も遺して行きたいと書いてあったり、また、糸を草木染めして手織りするやり方で自分たちが作った布に「月明織」という名前をつけ、理解してくれる人に売っていたこともわかりました。

色は色だけで存在はできないので、それを目に見えたり触れるものにするための、布や紙のことがもっと注目されてしかるべきなのかも、と感じます。

自分のことで言えば、絞りに使う白生地のことを、もっと理解したいという気持ちが強くなりました。


昔ながらの天然染料で染めた衣服を見慣れた時代の人たちには「一時的に」化学染料による染色の色味がもてはやされたのですが
この本に書かれた時代の化学染料の染色は、便利さや鮮やかさが先行しており、現代よりも激しい色になっていたと考えられます。

人の目で感じる美しさというのは「新しい」ということにかなり影響されるのではないか?と感じます。


美しい、のか、新しい、のかということは、すぐに判断できないことが普通なのかもしれません。

それではまた次回。