令和5年2月14日(火)新しい花を探し、古い糸を使う

針と糸を使って絞り模様を作っています。模様の輪郭をひとつひとつ手縫いして、その糸をギュッと引いて玉留めをしてから染液で染めます。絞ることで布に残る糸はかなり短くなりますが、余ったほうの糸はたいてい次の絞りに利用します。絞り修行のときや、絞り手の仕事のときには絞り糸が支給されていたのですが、その時コーチから「だいぶ昔から絞りをやっているような人は余った糸を再び使っていますねぇ。まぁ、昔の人だから物を大事にして使うんですけど、新しいひとにはあまり無理にとはいいませんよ」と教わりました。その時はあまり何も考えずに「じゃあ私もそうしてみよう」と思いました。

最初は70センチくらいの長い糸を切り取って作業を始めます。一度絞ったあとには、それよりも短い糸がたくさん残ります。それをまた袋にとっておいて再利用しています。18センチくらいまでなら、縫うのに使えます。10センチくらいだと針を通して縫うのは厳しいのですが、絞り途中うっかり糸が切れた場合に「はた結び」という特殊な結び方で継ぐための糸になら使うことが出来ます。

絞りが盛んだったころは市内に200人ほどいた絞り手が今は50人ほどになったと言います。そうなると同じ家や近所の人同士で一緒に絞るということは、もうあまり無さそうです。手わざは目の前の上手い人を真似しながら受け継ぐものだと思いますが、私の時代ではなかなかそういう時間が持ちにくいのだなと感じます。

これから絞りをやっていくのには、なかなか昔のようにはいかないことが、いろいろに起こってくると思います。絞りを着るという習慣も少なくなっていますし、絞りのこれまでの常識も変わる可能性があります。絞りとは何なのか。私はこんな絞りがやってみたいとか、または、古い絞りを再現してみたいとか、欲望は色々ありますが、自分の思うようにやっていくことでそれで良いのか?と自信もありませんが、でも今はそれしかない!とも思っています。

新しい花を探しましょう、昔の人がそうしてきたように、という言葉と出会いました。それは白洲正子の言っていた言葉でしたが、読んだとき、きれいな水をごくごくと飲んだときのような気持ちになりました。そうか、新しい花を、昔の人も探してきたのか。新しい花を探していた昔の人の、何か心持ちのようなものを少しずつなぞれるように。そう願いつつ、古い糸を使うということを続けてみようと思います。

注 タイトルにも使った「新しい花を探す」という言葉は白洲正子関連の本や特集ムック(芸術新潮)を並行して読んでいた時に見つけたものですが、瞬間的に感動して本を閉じてしまったのでどこに書いてあるか分からなくなりました。なので正しく引用ができませんでした。今度見つけた時にまた正確にご紹介できればと思います!