令和5年11月1日(水)一人称短編小説『かすりとしぼり』

こんにちは。自分でも思いもよらなかったことに今回は小説を書きました。絵絣(えがすり)と文学の関係について著された「織物の文様と文学 絵絣からタペストリーまで」(星野美恵子著)を読んだ感想を書こう、と思ったらどうしても小説になりましたのでここに載せてみます。絣は絞り染めと近いと言われますが何故そう言われるのか。それをしばらく前から考えていたので、絣についての本を読めて本当にうれしかったです。わたしの思いや、実際の本の引用文は事実ですが基本的にフィクションです。

 

かすりとしぼり

かすり、はわたしの5つ上の姉である。学校にあがる前に親の都合で離れ離れになってしまったせいで彼女がわたしにとってどのような人物だったのか、はっきりとは思い出せない。

長い髪ですらりとした身体の、好きなおやつを必ず最後までとっておくような堅実な性格。そんなぼんやりとした記憶だけがある。

今は遠い地域で家族をつくり暮らしていると人に聞いた。子供をふたり産んで4人家族だという。それからインターネットで見つけた姉の姿の写真が数枚。それがわたしの持つ、姉の情報のすべてであった。

小さい頃はそうでもなかったが、近頃はすこしでも姉のことを知りたい。漠然とだがそういう思いが強まっていた。

それが先月、姉のことを詳しく研究した本があることを突然知った。子供の手術が無事に終わりホッとしたときの小児科病棟の薄暗いベッドの上に、子供と2人でちんまり固まっていたときのことだ。

外界と繋がるためのスマホに流れるタイムラインに姉の名前と本の情報が登場したのだ。「ぽみえ書房」という、ひとりの女性が作った会社から出版されたばかりだという。本の概要だけ確認してすぐに決済をすませた。どんな環境でも買いたいものが手に入るネットショッピングの仕組みに感謝した。

ほどなく子供が退院して家に帰ると、思っていたよりも立派で大きな本が届いていた。おそるおそる開くと姉の写真がたくさん載っていて、素晴らしい研究の論文がまとめられていた。

序文には姉への作者の思いが丁寧につづられていて、わたしの心を温めた。

この素朴な木綿の絵絣には、人が触れることを拒むのではなく、反対に、触れられることを望み、触れることによって心を通わせてくれるような暖かさにあふれている。また、筆で描いた絵にはない、織りによる擦れた文様が、含みをもったあいまいな優しさを我々に差し出してくれているようである。

この文のなかにある「素朴」や「含みをもったあいまいな優しさ」という言葉たちは、わたしを褒めてくれる人が言ってくれることに似ていた。

かすり、わたしたちはあんがいと似ていたんだね。文章によれば好きな動物は鶴と亀。好きな植物は松と竹と梅。お目出度いものばかりを好むところも同じだった。

本のなかの姉はとても美人で、著者が姉のディープなファンだということが解った。鏡で自分の顔を見てみた。姉のほうがずっと美人ですこし悔しかった。

昔から真面目で計画的な姉に比べて、わたしはちょっと気分屋だ。それに時々忘れっぽくて、染めるときにうっかり糸が外れたりもする。

血をわけた姉妹だといっても別の人間だものね。

姉へのラブレターのような長い文章をラストまで読み、あったかいお茶を飲み下し、ゆっくりと本を閉じた。(終)

 

これだけだと本の感想が良くわからないので、次回は付け加えの文を書きたいと思います。次々回かもしれませんが、、それではまた。