令和3年7月2日(金)

絞り染めは伝統工芸というくくりで扱われることが多いが、伝統工芸という言葉のもつ力の及ぼす力が良くも悪くも大きいことには注意をしていたい。私も伝統工芸に近い世界で絞りを身につけたけれども、伝統工芸というなかまに入れられた瞬間から、その世界の水は温水プールになる気がする。突然の大きな波や急激な温度変化は訪れない。管理され守るべきものとして扱われる。新しい芽ぶきのない伝統工芸のことは漠然としていてどこを見れば良いのか解らないと感じる。一方でつねに変化する意志のある制作者も存在すれば、その場合伝統工芸というのは目印の看板のひとつに過ぎず、今生産された物の放つ光を受け取る側の目がはっきりととらえることが可能になる。入りやすい温水プールと見えて、軽い気持ちで入ってみたら思いもよらぬ工夫が凝らされていて泳ぎ入って来た人たちの心がどんどん動き始めるような工芸の世界を、私は希む。