草木染めの色が美しいなと自分で思うとともに、染色の世界でも、その何とも言えない味わい深い色あいが珍重されています。
そういう価値観はいったいどこから来るのでしょうか。
「草木染めの色は美しいけれど、そういう色が人間の目にどのような感じを与えるのか」
そんなことをふわふわと考えるために、今回は二つの異なる小説から、色に関する引用をしてみます。
この間、千葉雅也著「オーバーヒート」を読んでいたら、色彩に対する面白い考察が描きこまれていました。
こういう色の感想は最近聞くことが少ない気がするので、あっと思いました。
デジタル的な色合いは目にする機会が多いからかそういう軽薄な色はどうでもいいということになっているのかもしれませんが、
実際、軽薄な色の良さもあるのでは?と私は思っています、場合により。
この小説の引用部分は、布の染め色の話ではありません。
もっと日常生活寄りの、身近な色彩に関する話です。主人公は関東出身で、大阪に住んでいるという設定です。それでは引用してみます。
小豆色の阪急電車。京都線は昼はガラガラで、進行方向を向いたふかふかの抹茶色のシートに小旅行のように身を沈めることができる。和菓子の色だ。その余裕ある印象がどうも疎ましい。東京の電車のもっとサッパリした色と比べてしまう。
(中略)
阪急電車のとろとろに煮込まれたあんこの色は意味を、歴史を押し付けてきてウザい。関西とは古き日本であり、古くからの意味の系譜に勘が働かなければ現在もわからない。そんな「一見さんお断り」の疎外感を強いられる。
『オーバーヒート』千葉雅也著 (新潮社)p36より
休みの日に、たまには小説でも読もうと本棚から選んで読んでいたら、このあたりの描写にぎゅっと感じ入ってしまいました。
ずうずうしく言葉を借りてしまいますが、草木染の重みのある色を「和菓子の色」と説明したらとても分かりやすいなと思いました。
今まで「草木染の色は着物の色」だと考えたりしていましたが、昔の草木染の着物の色は私でもそんなに身近ではないため、伝わりません。
阪急電車の色は「とろとろに煮込まれたあんこの色」でシートは抹茶色。「和菓子の色」「あんこの色」と言えば、すごく伝わりやすいなと思いました。
それから、そういう色が場合によって「意味を、歴史を押し付けてきてウザい」と主人公が感じていること。
これは私がなんとなく軽い気持ちで伝統的な模様を絞って草木染したときに時々自分でも感じることです。(自分で自分の制作物を悪評価しすぎないほうがいいとも思いますが・・・。)
だれかが昔の染め物を復元したものとかを見て時々、ちょっと押しつけ感があるなと思うこともあります。
そういう染め色に関するモヤモヤが、小説を読んだおかげでちょっとスッとしました。
では、もう一つの小説。
こちらは前にも詳しくご紹介した本です。
草木染めがすっかり廃れていた昭和時代に、当時の染めの復興に尽力した山崎斌の小説です。小説とはいってもかなり実体験に近いものだと思います。
著者が小さかったころの、化学染料染めがまだまだ珍しかった時代の、色に対する人々の感想や反応が書き残されています。
こちらも、引用してみますね。
漸(ようや)く、所謂(いわゆる)新しい時代は来た。工場から帰って来る機械工女の衣類から変革が始った。その安価なる華美からである。
母の縞手本も、頁をめくって行くに従って、眼眩めくばかりの、華美を見せて来た。
まっ赤があった。明るい紫があった。アヲタケと言はれる、真個、靑竹のやうな生々しい、靑い色が織られてゐた。
すべての人々は、これを、新しい「美」とした。母達も、さう思ったらしいのである。
(中略)
「買ひ縞」(化学染で、機械で織り、呉服屋で売っているものを、さう言っていた。)の方が、キレイだし、軽くていいと言ってゐた。
『草木染』山崎斌著 (文芸春秋社、昭和32年)p42~44より
文中の「買い縞」とは、民家で自家製の手織りをしていた布だったものが工場で作られるようになり、お金で買えるものになったから出てきた言葉だと思います。
買ってきた着物は、当時の最先端の化学染料染めで、当時の庶民の服は地味だったのもあり、その鮮やかな軽い色調がかなり、衝撃的なレベルで新鮮だったということらしいです。
人は、みんなが持っているもの、見慣れたものを美しいと思う気持ちと、見たことのない珍しいものを美しいと思う気持ちがあるんだなと思います。
うーん、なんか、小説というのは個人の感性や意見を、社会の価値観にさほど合わせる必要なく描くことができるからなのか、面白い表現や意見を知ることができていいですね。
ここからまた考えたことなどを日々、書いたりしていきたいなと思っています。
色彩に関する、本から引用したシリーズの、これまでに書いた過去記事を以下にリンクしておきます。
気が向いたら読んでみてくださいね。
それでは今日は、この辺で。
また次回よろしくお願いします。