令和4年9月29日(木)色に関しての引用➁〈柳悦孝〉

「草木染めの色と、化学染料の色は何が違うのか」という問いがこのブログによく出てくるようになりました。自分で感じる以外に、その違いについて著している人の意見が気になります。これまで読んだ資料から引用して何か書いてみる試みの2回目です。

今回は前回と同じく白洲正子「きもの美」(1962年)より、柳悦孝の話しの聞き書き部分を引用します。なお、この文章は織物について書かれていますので、先染め(糸を先に染めてから布を織ること)の場合の話です。

化学染料の特徴は、影のないことです。(中略)ところが、植物染料の場合は、色に影があります。例えば、藍をとりあげますと、これは、青が主体で、それに澄んだ墨色がふくまれています。このことは藍を濃くすると、黒になってしまうことでわかります。(中略)

植物染料は、それだけで自然の味を持っているので救われますが、人工的な化学染料の方は色彩学を充分研究した上でなければ、良い織物を作りだすことができません。

草木の色には影があるというのは、なるほどなぁと思いました。

藍ならインジゴ、茜ならアリザリンという色素によって青や赤の染め物ができるのですが植物から出る色はそれ以外のものも含みます。前に、正藍染めの工房で絞りを染めさせてもらったとき、藍瓶の中の液体に、インジゴ以外の「雑物」の存在の話を聞きました。

化学染料は科学的に合成して作った色素なので不純物が混ざっていません。しかし植物は染めるために存在しているのではなく、その種が生きるために必要なものを持ち合わせていて、それが染まった時の「影」となるのではないかと思います。じっさい、草木染めをするときに、濃く染めようとして何度か染め重ねをすると、わずかずつですが色が濁ってきます。それは色に影があるという証拠になるでしょう。

そして、同著で白洲正子の言う「(植物染料は)間違っても変な色が出ない」ということも、それが理由なのではないでしょうか。白洲正子の言うところの「変な色」というのは、見たり着たりするには「どぎつい」というような色のことらしいです。

 

色のことを書くのは難しくておもしろいです。また次回も考えてみたいと思います。